Makuake Magazine

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燕三条のものづくり企業「アーネスト」。ヒット連発の裏には、取引先も一体のワンチームな企画力があった!

燕三条のものづくり企業「アーネスト」。ヒット連発の裏には、取引先も一体のワンチームな企画力があった!

ものづくりの街、新潟・燕三条。この地に本社を構えるアーネスト株式会社は、過去複数回にわたってMakuakeを実施しているメーカーだ。

アウトドアウェアから収納ボックス、洗剤、爪ヤスリ、そして現在プロジェクト実施中の調理器具まで、特定のジャンルに囚われない便利グッズの数々は社内でもたびたび話題に。しかも、そのほとんどが目標を大幅に達成してしまうのだから、これまたスゴい!

「企画力に何か秘密があるに違いない……」

アイデア出しの秘訣を探ろうと、三条市を訪れた編集部。そこには自社工場を持たないファブレス企業ならではの取り組みがあった!

工場と編集部の田中さん、米谷さん。
アーネスト株式会社の社員さんが話している様子

左から「アーネスト株式会社」a pod アシスタントマネージャー 近藤正行氏、同営業部 課長 外川芳伸氏、同営業開発本部 課長 青木茂氏(以下敬省略)

POINT 1

社員全員が開発者!
長年続く「商品提案会」とは?

取材にあたり、同社のホームページを読み込んだ。すると、そこには驚きの一文が!

「毎月社員全員が参加しての『商品提案会』で、それぞれのアイデアを持ち寄り、オリジナル商品を創り出しています」

社員全員が企画出し!?コレ、本当?

「本当です(笑)。約70名の社員を5つのグループに分けて、毎月順番にプレゼンをし、全社員が投票する。一人あたり年に2回発表するイメージです」(外川)

社員の外川さん

開発や営業の社員が参加するのは分かる。しかし、何度も言うが「全社員」だ。法務や経理などのバックオフィスから、事務のアシスタントまで。そのメリットを外川さんはこう説明する。

「弊社の商品は主婦目線の便利グッズが多い。事務のアシスタントの方が名案を出すことも少なくないですよ。家事での実体験が元になっている企画は強い。私たち営業が考えると、どうしても取ってつけたような企画になってしまう」

多くのアイテムが展示された商談用ショールーム

多くのアイテムが展示された商談用ショールーム

多くのアイテムが展示された商談用ショールーム

確かに一理ある……。この商品提案会はいつ始まったもの?

「正確な時期は不明ですが、20年以上前に会議の様子が全国ネットのTVで放映されました。そこから一度も途絶えずに続いています。代表取締役会長の鈴木(邦夫)が社長の頃から『何があってもこの会議だけは絶対に続ける』と宣言しまして」(青木)

青木さん。外川さん、一矢さん。

この会議を経て実際に商品化されるのは「年に1個あるかないか」で、開発部の企画会議や営業先の要望から生まれるものがメインだという。(余計なお世話だが)非効率的とみなされ、ストップの経営判断があっても不思議ではない。

「商品化される数が問題なのではありません。大事なことは全社員が常に顧客視点で考えるクセをつけることだと思います」(外川)

取締役社長の鈴木(一矢)さんが続ける。

「とにかく普段から考えるクセをつけてほしい。うちはファブレスメーカーなのでアイデアがすべて。いかに世の中にない商品をどんどん出していけるか。企画こそが我々の命なんです」

時間の関係上、冒頭だけご参加いただいた取締役社長の鈴木一矢氏

時間の関係上、冒頭だけご参加いただいた取締役社長の鈴木一矢氏

編集部 米谷

編集部 米谷

「『企画は企画職の人だけがやっておけばいい』となりがち。しかし、社内を活性化するイベントのような位置付けでみなさん前向きに取り組んでいるご様子。自分のアイデアが商品となり社会に出ていくかもしれないので、モチベーションも高そう!」

POINT 2

企画のタネは会社の枠を超える!
取引先からも企画提案が止まらない

自社工場を持たず、特定のジャンルに偏らない柔軟なものづくりは同社の強みだ。

「プラスチック、金属、木、布……どんな素材のものでも扱える土壌は他のメーカーさんにはない特徴。なんでもありはかえって難しいですが、やりがいもありますし、他社の方に羨ましがられます」

青木さんは開発者としての喜びをそう口にするが、そのぶん多くの工場と協力体制を築く必要がある。

青木さん

「若い頃は工場の方に過剰に気をつかってしまい、距離が遠かった。今は少し図々しいくらいになんでも話をしに行っています。そのほうがかえって仲良くなれて良い情報をもらえたりする」(青木)

“良い情報”……これが大ヒットを生む企画そのものであるケースも!外川さんが続ける。

「たとえば、金属加工をお願いしている双葉工業(株式会社)さん。こちらの川﨑(茂邦)会長は、多くの方から慕われている燕三条の中心人物で、良いお付き合いをさせていただいています。じつは現在Makuakeで実施しているプロジェクト『playfull pot』の素案は会長からいただいたものなんですよ」

え!?発注先からの“逆オファー”なんてあるのか……。

「こちらが依頼するわけでもなく、いつも『こんなものを作ってみたよ』とフランクに提案してくださるんです(笑)。『playfull pot』もその一つで、素案を持ち帰り、性能や打ち出し方をさらにブラッシュアップさせて完成させました。発注先ではありますが、“持ちつ持たれつ”。双葉さんのような工場がなければ我々は商売ができないわけですから」

会議している様子

開発部の企画会議、全社員参加の商品提案会、顧客やバイヤーからの要望……そして発注先からのアイデア。企画のタネは、本当に色々なところに転がっているらしい。

「顔を出しているから勝手に情報が入ってくる」と外川さんはサラりと話すが、いやはやなかなかできることではない。企画と聞くと社内で「ああでもない、こうでもない」と知恵を絞り出すイメージがあったが、社外から提案される素案だって立派な企画。普段からフランクに提案してもらえる良好な関係を築いているからこそだ。

編集部 米谷

編集部 米谷

「川﨑会長はとにかくものづくりに精通されており、中でも『材料』の知識量がスゴいとアーネストのみなさん。『何にどの材料が合うかはもちろん、調達が難しいこのご時世にどこから調達すればいいかを全て知っている』と舌を巻いていました。次の章はそんな会長に実際にお会いしてきた話です!」

POINT 3

「うちの社員みたいなもんだよ」
地場で生きるための強固な信頼関係

左から「双葉工業株式会社」取締役会長 川﨑茂邦氏、同営業部 主任 中野健氏

左から「双葉工業株式会社」取締役会長 川﨑茂邦氏、同営業部 主任 中野健氏

話を聞いていると、アーネストのみなさまから川﨑会長へのリスペクトが止まらない。ものづくりの街・燕三条の中心人物は一体どんな方なのか?編集部員として、そしてモノづくりを応援するMakuakeのイチ社員として、ぜひお会いしたい……というわけでアーネストのみなさまと一緒に行ってきました、双葉工業さんへ!

まずは、工場見学。今回のPlayful Potの加工が実際に施される工場の様子を写真で一気見せ!

Playful Potの加工が実際に施される工場の様子
Playful Potの加工が実際に施される工場の様子
Playful Potの加工が実際に施される工場の様子
Playful Potの加工が実際に施される工場の様子
Playful Potの加工が実際に施される工場の様子
Playful Potの加工が実際に施される工場の様子

工場見学を終えて会議室で待っていると、「どうだね、調子は?」と川﨑会長が登場。外川さんの顔を見るやいなや、「ほら、これ。外川さんが家電量販店に営業に行くって聞いたから、勝手に作っておいたよ」と、部品のサンプルを手渡した。

さきほど聞いたばかりの話が、早速、目の前で再現された!

外川さん

「言葉だけで伝えようとしても通じないじゃない?実際にモノを作って見せると、必ず伝わる。世の中に出てから真似しても遅いんだよね。とにかく先走った方がいい。そうしないと、この地場では生きていけない」

長年、この地場で生きてきた会長の言葉には説得力があり、ズシリと重たい。普段、どういう想いでものづくりに取り組んでいるのだろう?

「そりゃあ、儲けようと思ってだよ。社員の生活を守るのがトップの使命。後追いは真似だから儲けられない。材料を買うにも、他社よりも早く、多く。材料さえ買っておけばアーネストさんが色々な企画を考えて、私のところに持ってきてくれる。だから、先走ったっていいわけ。この人たちはうちの社員みたいなもんだよ。一緒にやるからには全員がプラスにならないといけないね」

外川さん

「うちの社員みたいなもの」。そこには単純な受発注という関係性はない。双葉工業さんがアーネストさんの製造部のようなイメージで、まるでひとつの会社のような一体感を感じた!

編集部 米谷

編集部 米谷

「もともとはアーネストさんの『商品提案会』の話が聞きたくて燕三条を訪れました。でも、こうして協力先の工場にも頼れる“助っ人”がいらっしゃる。燕三条ならではのものづくりの醍醐味を垣間見ることができました」

POINT 4

「気づいたらこの街に帰っていた」
燕三条に息づく、ものづくりのDNA

単なる受発注にとどまらない「真のパートナー」としての関係性を目の当たりにしたうえで、改めて聞いてみたい。燕三条という街でものづくりを生業とする意義、そして思いを。

燕市の景色

「生まれも育ちも燕市。子どもの頃から地場産業には馴染みがあり、大人になっていく中で、やっぱりこの街のものづくりを広めたいという思いが強くなってきた。もともとは地場とは関係のないスポーツメーカーに勤めていたのですが、お客様と話していると何かと燕三条の話をしちゃっている自分に気がついて(笑)。いつか地場の仕事をしたいとどこかで思っていたんでしょうね、気づいたらここに戻ってきたという感じ」(外川)

「同じく、生まれも育ちもこの街。実家もすぐそこです。正直なところ、小さい頃はまったく地場の産業を意識していませんでした。でも、大人になってから、自分が手にとるもので『これも燕三条で作られているのか』と思うことが増えてきた。前職はカタログギフトの会社だったのですが、扱う商品にも地場のものがたくさんあって……。そこでやっと燕三条の強みがわかりました。どこにも負けない、これぞ!というものが作れるのはこの街ならではだと」(近藤)

近藤さん

「私もここが地元ですが、大学進学にあたり一度街を出ました。大学でデザインの勉強をしていた頃、先生から『燕三条の洋食器の仕事は生涯を捧げる価値があると思うぞ』と言われ、それがずっと頭の中にありました。最初は東京に出て畑違いの仕事をしていたのですが、ここに戻ってきてもう20年になります」(青木)

この街に生まれ育ち、一度は他業界へ進んだ3人。しかし、地場産業への想いは粒度の差こそあれ、それぞれの心の中に根付いていた。外川さんはいう。

「燕三条の産業は良い時もあれば悪い時もある。何度か重大な危機にも直面しています。でも、その度にやり方を変え、策をもって乗り越えてきました。地元に胸を張れる産業があるのは幸せなこと。これからも地場と一緒に成長していきたいですね」

Makuake×Arnest
道具
編集部 米谷

編集部 米谷

「今回お話を伺ったアーネストのみなさまは、全員がUターン組。『地場産業がなんとなく頭のどこかにあった』と口々に仰っていたのが印象的でした。これはもう燕三条という街に生まれた人のDNAなのかもしれません」

全社員参加の商品提案会に、固い信頼関係で結ばれた取引先からの提案。社内外の知恵を結集させて生まれた企画は、燕三条のものづくりを愛する人たちの想いが掛け合わされて商品へと昇華する。
この街への想い、そしてここで働き、暮らしを営む人たちへの想い。それらをひっくるめて、ただの産地表示にとどまらない「メイドイン燕三条」が生まれているのだと思う。

※本文中の写真は全て撮影時のみマスクを外しております

執筆・編集:米谷真人
撮影:山崎皇輝

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